正月ピクニックは高取城~明日香


壷阪寺からの大和盆地眺望


壷阪寺の全容


五百羅漢を通り、やっと壷阪寺から大和高取城に到着。大和高取城は、美濃岩村城、備中松山城とともに日本の三大山城に数えられます。


高取城の高石垣前にて、右奥が天守台。


高取城主郭、左奥が巨大な天守台で、右下が吉野方面への出口。ただし「石垣崩落により危険」との表示。


高取城本丸から吉野方面を遠望、標高583mからの眺望は最高です。


これが高取城の縄張り図、22基もの櫓に3つの天守が林立していました。


高取城下城の一場面、麓まで延々と石垣が続いています


高取城から下城中に見えた明日香の奥の集落


明日香の棚田の景観


岡寺で厄年チェック、セーフです。



1/3には大学時代のクラブのESS時代同窓達と正月ピクニック。

同学年の女性は二人も国際結婚しましたがその一人が夫君(英国人)を連れて来てまあうまい具合に英語ピクニックにもなりました。

学生時代に学祭でクラブ出店で頑張った(おでん屋)後、翌日に打ち上げピクニックではるばる高取城→明日香村と登山したのですがその再現です。

(確かあのときは利益が30万円超出た記憶です。
なにしろ教養学部学舎で最も人通りが多いロ号館の玄関近くでしたからすごい繁盛でした。)

今度はさすがに体力に自信がないため壷阪山駅で集合し、大阪組と合流し、いったんバスで壷阪寺まで。

その後は登山コースで9:36壷阪寺→五百羅漢→高取城→猿石→石舞台→岡寺→明日香村経由橿原神宮前16:45というコースでした。

まずは壷阪寺。

寺は壷阪、笠置、法輪」とは清少納言の「枕草子」の一節にあり、「霊験あらたかな」なお寺として知られていたところ。

703年に南法華寺として創建されたという古さで、御参りのつもりで本堂に入ったら奈良時代の瓦などが陳列してあってさながら考古学博物館の様相です。
西国三十三ヵ所の第6番札所であり、歌舞伎や人形浄瑠璃で有名は「壺坂霊験記」の舞台でもあります。

さてその壷阪寺で観音様を拝んでからあとは五百羅漢を経由して高取城に向かいます。

途中、登山道自体ががけ崩れで崩落していて迂回したり、「石垣崩落により落石注意」の看板にびびりながら
何とか天守台に到着したのは正午過ぎ。

葛城山の壮大な威容も奥深い吉野も素晴らしい眺望を堪能できました。

きつかったのは下り。

春日山原始林と比べ、はるかに高度差があって、普通に歩いても膝がくがくの状態です。

やっと明日香村の棚田や大和造りの民家がみえてきた時はほっとしました。

きれいに整備された石舞台の横を通り過ぎ、やや高めの岡に位置する岡寺にたどり着くとさすがに参拝客で賑わっており気分はピクニックから再度、お寺詣でモードに。
西国三十三箇所第7番札所で、一日で壷阪寺&岡寺とはよく踏破したものです。
草壁皇子の住んだ岡宮の跡に義淵僧正が創建したという古刹ですが今は真言宗豊山系で長谷寺の末寺とのこと。
ここを訪ねるのは何と中学生の課外授業以来です。

日本最初の厄除け観音があるというこの岡寺で全員、鐘をつき、今年も良い年でありたいものです。

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