洛中洛外図と聚楽第

「洛中洛外図」ほど見ていて興味の尽きない絵画はありません。

主に室町時代末期から安土桃山時代、江戸時代初期までの風俗、生活、エネルギーが充ち溢れており単なる芸術作品以上の何かを感じます。

有名なのは織田信長が機嫌を取るために上杉謙信に送った狩野永徳作の「上杉本洛中洛外図」。
http://www.denkoku-no-mori.yonezawa.yamagata.jp/rakuchyu_rakugai.htm
今は「天地人」ブームで、米沢がホットですが、上杉博物館に収納されているこの「洛中洛外図」も観光客の注目の的でしょう。


上杉本洛中洛外図屏風

「洛中洛外図」の一ジャンルになると思いますが、桃山時代の華やかかりし「聚楽第」も又、絵の一大テーマだったようで、三井文庫所蔵の「聚樂第屏風圖」も見逃せない傑作です。


聚樂第屏風圖


 
碁盤の目で形成された京都の街中は、普通の洛中洛外図では、東西南北が上下横で明確な鳥瞰図になっているのが普通です。

しかしこの聚楽第屏風は聚楽第の中心部の棟の方向が斜めに交差しており非常にダイナミックな空間雰囲気が醸し出されています。
望楼の朱色塗の高欄や長押、それに華灯窓が優雅そのものでまさに京の王城という雰囲気。

ちなみにNHKが時代考証をして「天地人」で復元した聚楽第はこちら。


聚楽第復元図

聚楽第遺構と伝えられている飛雲閣や当時は焼失して存在しなかった東寺塔なども上手く絵におさまっており、流石という復元図でさしずめ平成版洛中洛外図のようなものでしょう。

最近では尼崎市や上越市で新たに聚楽第を描いた洛中洛外図が発見されています。
まだまだ洛中洛外図を巡る新たな発見は尽きそうにありません。


尼崎市教育委員会所蔵洛中洛外図


上越市で発見された洛中洛外図
両方とも屏風左奥に聚楽第が描かれているという意味では同じパターンです。
欧州でもこのような都市絵図は見かけますが、日本の洛中洛外図ほどきらびやかな印象を与えてくれる事例は滅多にありません。



こちらは、やや時代が下り、豊国神社所蔵「豊国祭礼図屏風」で狩野内膳作。


これは徳川黎明会所蔵「豊国祭礼図屏風」で浮世絵の祖ともいわれる岩佐又兵衛作品。

雑踏や乱舞の混沌、まさにケイオスとも表現できる当時の民衆のエネルギーが感じられます。

当時はまさに高度成長期で平和の配当と海外交易で躍動感溢れる時代だったのでしょう。
と同時に今を楽しまなければ、という刹那的な雰囲気も感じてしまいます。
その先にあった鎖国と閉塞の時代を予知していたのでしょうか。。。

コメント

竹島伸一 さんの投稿…
秀吉の時代を偲ばれるページと思いました.ありがとうございます.
以下の一点気になりましたのでコメントさせていただきます.
NHKの復元図ですが,聚楽第の天守は本丸の北西の端にあります.北西側の映像のはずですので,遠くの五重塔は別の寺の五重塔と思われます.
あをによしこうじ さんの投稿…
ご丁寧にどうも有難うございます。
たしかに。
東寺の塔は既に再建途上だったのかどうか記憶定かでないのですがこの当時洛中でこれだけ大きな塔があったとすると。。。
方角違いますがもし焼失していなければ相国寺塔などが遠景で素晴らしい絵になっていたかと。