奇蹟的に残っていた大坂城建造物は奈良の縁?

NHK特集で大きく取り上げられたオーストリアの豊臣時代大坂図屏風。
歴史秘話ヒストリアのエピソードの中では屈指の作品でした。
さて、豊臣時代の大坂の都市景観図が発見されたのはそもそも驚きでしたが更にもうひとつ大きな発見が。
何と、この豊臣時代大坂城の建造物が残っているとの見方が。
常識では大坂の陣で建造物はすべて失われた筈なのですが。
実はこの大坂城建造物でも屈指の出来栄えであった極楽橋唐門がどうやら琵琶湖に浮かぶ聖武天皇ゆかり竹生島宝厳寺(ほうごんじ)に残っているのではないか、との見解なのです。

大坂城⇒豊国廟⇒宝厳寺

という移築説です。

正しければ、信長の安土城も家康の江戸城も全く建造物が残っていない中、大坂城だけが一部ながら貴重な遺構を後世に残してくれたことになります。

サイズといいデザインといい移築の史実からしてほぼ確実と思えます。

寺伝上も、http://www.chikubushima.jp/?cat=8豊国神社から観音堂や唐門が移築された、と伝えられているのであとは大坂城から移された当該建造物が宝厳寺に移築されたものと同一であると証明されれば良いわけですが。。。
これまた壮大な歴史のロマンです。
奈良時代の聖武天皇や行基にゆかりの竹生島宝厳寺に奈良吉野の木材で建造された大坂城遺構建造物が移築されたとはこれも縁でしょうか。


極楽橋唐門


宝厳寺
極楽橋唐門

大坂城天守閣夜景

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